ニギハヤヒ様の“約束の眼差し”
ニニギ様の“ためらいの炎”
ウマシマジ様の“見届ける微笑”
雷鳴が、遠くで鳴り響く。

三つの影が、境界を越えて光の中に消えていく──
長男・ニギハヤヒ。次男・ニニギ。
そして最後に、小さな決意を抱えた三男・ウマシマジ(宇摩志麻治命)。
「兄さんたち……」
少し間の抜けた顔で立ち尽くすウマシマジ。
けれど胸の奥には、熱いものが確かに湧き上がっていた。
(どうしよう、どうしよう……でも、行かなくちゃ)
足が、自然と前へ出る。

──残された母、瀬織津姫。
その場に静かに座り込んだ彼女の背中には、
空になった巣のような寂しさが重なっていた。
けれどそれは、ただの別れではない。
火を託す、その祈りの瞬間だった。
彼女は手のひらに、翡翠の勾玉をそっと取り出す。

柔らかな光が揺れる。火ではなく、水のような淡い光。
「とうとう、この日が来てしまったのね……」
震える指で勾玉を撫でながら、
一粒の涙が、頬を伝って落ちた。
「可愛い子どもたちよ──どうか無事でいておくれ。
たとえ魂がどれほど撚れても……
この翡翠の勾玉が、あなたたちの“帰る場所”になりますように──」

火は、旅に出た。
雷に導かれ、未来を撚るために。
水は、火の帰り道を守るために──
ひとつの石に姿を変えた。
翡翠の勾玉。
それは、火を送り出した母の最後の祈りだった。
──そして、物語は静かに続いていく。
風とともに、ツバメが空を舞う。
残ったのは、空になった巣と、小さく撚られた紐だけ──。

※この物語は、日本神話をもとにしたフィクションです。
実在の信仰・伝承とは異なる創作表現を含みます。
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